佐村河内氏の記者会見以降、当ページへのアクセス数が増えております。佐村河内氏のやっていらっしゃった事に対して特に言及するつもりはありませんが、50dbの世界について「聴覚障害に該当しない」といった箇所だけを抜き取り、あたかもそれが健聴者と同等に補聴器を必要としない程度の難聴かのように発表されるマスコミ様に対して非常にがっかりしております。佐村河内氏が本当に50dbの聴力ならば、あの様な大勢の前で記者会見を開催された事は本当に素晴らしいことだと思います。相当の勇気が必要だったことでしょう。確かに手話通訳は必要です。確かに、時たま聞こえ、内容が理解できる事もあります。音にも反応します。記者会見中の佐村河内氏の行動は何ら不自然ではありませんでした。ただ、世間の人々の難聴に対する理解がないだけです。そしてマスコミ様の、本来の目的を逸脱し佐村河内氏を貶めたいがために障害者とされないレベルの難聴者を「普通に聞こえる」とされたがっている風潮に、本当にがっかりしております。こんな事件ではありますが、それでも難聴者に対する理解が広まれば幸いです。
補聴器をしないとどう聞こえるか?
50dBとは具体的にどのように聞こえるのかを説明したい。感音性難聴者が補聴器を使わない場合の話だ。難聴について語る様々なサイトを見渡してみるが、どこもかしこも単調な説明ばかり。50dBの世界について説明されているのは――「ささやき声が聞こえにくくなり、会話にある程度の声量を必要とする」とある。これを読んだ限りでは、そんなもんか、といった印象を受ける事だろう。補聴器必要ないんじゃない?と思う人も居るだろうか。だが、実際に50dBの世界を経験している人間ははっきりと言うだろう――「間違ってる」と。
ではどんな世界なのか?
まず、無音である。静寂に包まれている。誰かが話していてもまず聞こえない。耳元30センチ程まで近づいてもらえればようやく聞こえる。会話の内容を理解出来るかどうかはまた別として、とりあえず音声が聞こえてくる。1メートル先で話してもらう場合、もしそこがどこかの喫茶店だった場合、店中の人が振り向く事になるぐらいのはっきりとした大きな声を発してもらわないとまず内容が理解出来ない。2.3メートル離れた場合は、相当な大声であれば何か声がしたな程度の事がわかる。背後から普通の声量で声を掛けられてもまず気付かない。テレビの音は普通の音量では全く聞こえない。無音である。うんともすんとも、うなりも聞こえない。ドライヤーは耳元で使用するからか、ギュイーンと音がほどほどに聞こえる。補聴器を付けた時に聞こえるエアコンの音と同じぐらいの音量で聞こえる。洗濯機の横で歯を磨いたりしているが、その洗濯機が動いていても何も聞こえない。無音。ぶるぶる振動するかランプが点滅しているかでやっと洗濯機が動いている事がわかる。水を流しても無音。お風呂に入ると反響するためか比較的多くの音が聞こえる。シャワーから水が流れる音、バシャーンと水がはじける音。風呂のフタをガラガラと巻き取る時の音――だが本当に少し聞こえる程度である。車に乗る、無音である。ロードノイズとも無縁の世界。ラジオを付けても全く聞こえない。緊急車両の音は相当近づいた時、およそ30メートル程の距離で音に気付く。会社にしろ学校にしろ、人々が集まる場所へ行く、みんなが好き勝手に話し合っていれば、かすかに「ざわざわ」とも「うおおおーん」とも聞こえてくる。朝の目覚ましはほとんど聞こえない。まれに聞こえる時があるが、よっぽど眠りが浅く、寝返りなどで丁度耳元に目覚まし時計が来た場合に限る。携帯の着信音は耳元30cmの距離に無ければまず聞こえない。バイブになっているとそのバイブの音はもちろん聞こえない。そして、全ての事に言えるのだが、音よりも先に振動が伝わり、その音に気付く事がある。
以上、これが50dBの世界。ここまで自分で振り返ってみると、耳が全く聞こえてないのと一緒ではないか!とも思う。だが、こんな状態でも軽度難聴とも中等度難聴とも言われているのだ。もう一度言おう――「ささやき声が聞こえにくくなり、会話にある程度の声量を必要とする」――間違ってる。
感音性難聴について
難聴の種類として挙げられるのが、「伝音性難聴」と「感音性難聴」の二つ。「伝音性難聴」は外から見える外耳から鼓膜、中耳に掛けての箇所に異常があり聴力が落ちる状態。比較的治療が可能となるケースが多い。対して「感音性難聴」となると、外からは見えない部位、すなわち内耳から脳に掛けての箇所に何らかの異常があり聴力が落ちる状態となっている。私の場合は感音性難聴に分類され「ペンドレッド症候群による前庭水管拡張症」との事がはっきりしているのだが、感音性難聴の場合はほとんど原因不明の人が多いだろう。
補聴器をしても内容が理解できない
補聴器をすれば聞こえるのか?と良く誤解されがちだが、そう単純な事ではない。補聴器をすれば音は普通に届くのだが、もごもご聞こえ、何を言っているのかわからない場合が多い。これは、聴神経に異常があるのか、原因は千差万別だと思われるが、子音をはっきりと聞き取れないケースが多いようだ。その為、常人よりも言葉が明瞭に聞き取れない。
おおげさに書くと…
「こんにちは、今日も良い天気ですね」と言われたとしても、
「こんいいあ、きょうおいいてんきえうえ」と聞こえるという事。
聞こえの内容を勝手に解釈
人間は普段、不明瞭な声を聞いても、周囲の状況などを判断し、聞こえなかった部分を脳内で補完するなどの機能を持っているのはご存じだろうか。
例えば、朝の出勤時に同僚がもごもごと何かしゃべりかけて来て、それ自体が不明瞭で聞き取れなかったとしても、「朝である事」「口の形」「状況」などを自然に読みとり、脳内で「おはよう」と言ったのであると自然に解釈してくれる。これらは瞬時に行われる脳の力であり、我々が普段意識する事は少ない。
しかし、感音性難聴であると、この作業は常に連続で行われ、補完に次ぐ補完の連続となる。そしてそれが「聴き間違え」を誘発する原因にもなっている。
もし、突然専門性の高い日常では使われない言葉を聴いたら、脳内ではその言葉を自身の知っている言葉に置き換えて解釈しようとしてしまう。そして、会話を行っている最中、おかれている自身の状況を最大限に読み取り、「会話の延長上、次はこんな回答が返ってくるだろう」などと想定しながら会話をする為、突拍子もない回答が返ってきた場合、何を言っているのかわからないケースがある。そして話の内容が変わっている事にも気付かない場合さえもある。
何も知らない人からしてみたらまさに変人となってしまうのだが、裏にはこういった事情がある。
似たような音声はわかりにくい
「加藤さん」「佐藤さん」「阿藤さん」――健聴者なら聴き分けられると思うが、難聴者の場合、こういった聴き分けが非常に難しい。
ここでも知っている単語や名前に置き換えようとするので、聴き間違えも多いし、珍しい名前や単語になるとちんぷんかんぷんになる。何しろ、「い」「き」「し」「ち」「に」などの聴き分けすらも難しいのだ。その為、日常会話でアルファベットを聴きとる場合などは非常に困難である。
高速のETCがあるが「イーティーシー」と言われても、会話の流れの中で、ETCと言っているのだろうと判断出来れば、すなわち「ETC」の事だなと解るのだが、突然「ETCって導入してる?」と会話の流れに関係なく言われた場合、「え?ぴーぴーぴー?しーいーいー?」などと全く理解出来なくなる。よくメールアドレスやURLを読み上げて伝える場合があるが、まず聴きとれず理解は難しい。